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桑港で発見された、明治時代と中国は清時代の貴重な骨董コインのミステリー

あーねむいーーーー!全然仕事もはかどらずに、今さっき寝ようと思って、ぼーっと地元のテレビニュースを見ていたら、面白いニュースをやっていて、目が少し覚めました。

以前私がツイッターで、サンフランシスコの丘の上から日本の明治時代の10銭銅貨が見つかったという情報をつぶやきましたが、今回のニュースというのは、もっとミステリー度も見つかったコインの価値も高い模様。

Redwood City PD search for owner of rare Asian coins found in stolen car


上のリンクのニュースは地元のABC7の夜のニュースで報じられたものです。
このニュースによると、桑港市内から車で30分ほど行った場所にある、レッドウッドシティで発見された盗難車の中に、19世紀の清の時代に発行されたドラゴンコインと呼ばれる銀貨と、日本の明治3年に発行された一円銀貨が見つかったそうです。

ニュースによると、いずれの銀貨も希少価値が大変に高く、中国の清国のものは、現在骨董市場で300ドル、日本の明治の一円銀貨は、700ドルくらいで取引されているとか。

明治時代て言ったら、モロに幕末と明治維新が交錯している年代ですよね!それもなんだか私にはとっても魅力的です!

それにしても、このコインが見つかった盗難車を盗んだ犯人は御用となったものの、このコインもこの犯人が盗難に入った場所で盗んだものらしく、当の盗んだコソ泥は、どこで盗んできたのか覚えていないという顛末らしいのです。 

て、おいおい!!アメリカらしいっちゃあ、らしくてそれまでだけど!
話によるとこのコソ泥さんは、サンフランシスコ市内を主に、そうとう長い間盗みを働いていたみたいです。だからどこで何を盗んだのかなんて、覚えていないというオチらしいです。

というわけで、レッドウッドシティのポリスデパートメントでは、この盗難に遭ったコインを元の持ち主に戻すために、テレビニュースやインターネットで呼びかけて、どうにかしようとしているわけらしいです。

↓これがこちらのコインです 
DSC00785-001.jpg
あの画像シェアサイト、Pinterestでも写真は閲覧可能です 
他の盗難品や遺失物なんかもレッドウッドシティのポリスデパートメントのプリンタレスとページで見れるという ハイ

この私の投稿をご覧になっている皆さん!?見覚えないですか?おじいちゃんや、おばあちゃんのコインではありませんか?よーく穴が空くほど見てみてください!それで、もし見覚えのある方は、ぜひとも私に連絡を!

ちなみに、レッドウッドシティのポリスデパートメントに直接電話してもオッケーですよ!

早く持ち主が見つかるといいですね・・・・・!? 地元の街角のインタビューでは、これだけ古いコインなら、もう持ち主は生きてはいないかもしれない!というドライな意見もありましたが。

そうなると、ますます歴史のロマンが広がりますよね?誰だろう!?持ち主!??


ところで、このニュースを報じたABC7ですが、あのディズニーが親会社です。遊園地が親会社なんて・・・!
すごくね???

↓ボタンを押すと、銀貨と財宝の在処が・・・・・!?みつかるとイイね!

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今日、寺田屋事件だったらしいよ!?

そうそう!本日はあの日本の大人気幕末ヒーロー、坂本龍馬寺田屋で襲撃された、有名な事件の日!

なにせ、坂本龍馬はもともと佐幕よりだった薩摩を、徳川幕府大っ嫌い!300年のウラミハラサデオクベキカ!の長州と引きあわせて、薩長同盟を作っちゃった張本人! そらぁ狙われないほうがおかしいってもんですよ!

んで、伏見奉行所から林肥後守忠交の大捕り物ですよ!それを竜馬さんは高杉晋作からもらったピストルで大応戦!
かっくいい~~!

その兆しを見つけたのは、龍馬の奥様お龍さん。丁度お風呂に入って居たところを、裏に誰かが居るのを見つけて濡れ髪で二階に知らせにダッシュ!うーん絵になります。て、本人たちはそれどころじゃない!?

でも、私は坂本龍馬ファンじゃありません。だって、あの人家のお父さんに顔が似てて、なんかフクザツなものを感じます。
しかも坂本龍馬はん、不潔エピソード多くありません?いやっ!家の父ちゃんみたいで!

しかもリョウマはん、元々江戸に婚約者が居ましたよね!?リョウマはんが門下生だった、北辰一刀流の宗家である千葉周作氏の娘、千葉佐那さんと婚約してたのに、京にきたとたん、お龍にのりかえちゃって、佐那たんわすれちゃってるし!

しかも、しかもですよ!?千葉佐那サンの前には、平井加尾という初恋の方がいたそうですが、その人ととこともあろうか千葉佐那さんと比べて、「千葉佐那は、平井加尾より顔がぜんぜんいい。」とか姉の乙女さんに手紙で書いちゃうし!

デリカシー無さ過ぎ!だらしなさそうなところも!家の父ちゃんに顔もやることも似てる!いやっ!嫌すぎる!身長も180センチくらいで、(諸説あるようですが、高い方であったのは確か)父ちゃんとおんなしくらいなのも、いやああああ!

て、なんかスイマセン・・・私情をたっぷり入れてしまいました。でも、歴史上の人物で、結構この人まわりに居たよね?みたいな顔の人がいますよね?坂本龍馬氏は、私にとって間違いなくその一人です。

ところでこの有名な寺田屋事件が起きたのは、慶応2年1月23日だそうですね。だから本日が寺田屋事件の記念日であることには間違いはないのかもしれません。し・か・し。これを今私達が使用している現行の太陽暦に直すと、寺田屋事件は実は1866年3月9日になるのですよね。

あーそうかー!だから正月は新春ていうのかぁ!太陰暦だと3月だもんね~~~!

と妙に納得する私でした。と、こんな感じで、私情たっぷりの上にまとまりのないまま、コレにて・・・・・!

龍馬ファンの方!こんなオチで、ホンットにスイマセン!!m(_ _)m


↓コレをおすと、何かがはみ出てくるかもDeath!

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桑港はサンフランシスコの咸臨丸の石碑についておもうふこと

さて、つい先日私がアップした桑港サンフランシスコ咸臨丸石碑

なかなかのロケーションに位置し、周りは見応え一杯である。しかし・・・・・・!

現地は意外にもえっ??これは??ちょっと?? (´・ω・`)

という感じの部分が多分にあるのです・・・・・。

でもコレを世界に向けて発信してしまうのはどうなのかと、ちょっぴり迷っています。

どうしても現地の正確な印象と情報を知りたい方は、メールにてお問い合わせください。

折り返し返信いたします

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謹賀新年!桑港はサンフランシスコの咸臨丸の石碑 おまけ!

えっとぉ 桑港咸臨丸の石碑をせっかく訪れたので、この際だから無駄な写真も上げておきます
(大きく見たいという奇特な御仁は、クリックしてねん♪)

DSC00764.jpg

美術館の前庭に生える前のエントランスの両脇です

DSC00765.jpg

このライオンのちょうど左下が咸臨丸の石碑がある位置にあたります

DSC00792.jpg

美術館の前庭のゲートを振り返るとこんな感じ

DSC00795.jpg

美術館の真裏はこんな感じ 裏手にはゴルフ場の一部と公衆トイレがありました


DSC00761.jpg

このベンチは咸臨丸の石碑裏手に広がる桑港湾を一望できる場所にあり、故人を弔う意味でご家族か縁の方がお金を出して作られたもののようです。このあたりの観光地には、こういったベンチが数多く設置されています。
市の財源も潤い、故人をその場で思うことができる一石二鳥の合理的なモニュメントでございます。

DSC00750.jpg


咸臨丸の石碑の裏手には広大なゴルフ場の一部が広がり、普通にお散歩が出来るようでございまするわ。
*注 ここはリンカーン・パークという州立公園の一部のようです 

何となく美術館に戻り前庭を一周すると、意外にも柱の装飾が凝っていることに気付きした。

DSC00778.jpg

美術館の入口の柱の装飾が秋空に映えてとても綺麗でした

DSC00781.jpg


DSC00779-001.jpg


DSC00778.jpg

DSC00782-001.jpg


DSC00785-001.jpg

そんな感じで、なかなかこのエリアには様々な物があるので、一日では足りないかもしれませんね!

気の向いた方は、ポちっとどぞ!

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謹賀新年!桑港はサンフランシスコの咸臨丸の石碑 その弐!

やって来た美術館の前庭を戻って左手の方向をみると・・・・!

ありました!駐車場の見晴らしの良い一角に!ありました!
*注 この記事をはじめに上げた時は、てっきりこの場所はリージョンオブオナーの一角かと思っていましたが、ここはリンカーン・パークという加州の公園の一部に当たるようです。まぁ目印はリージョナルオブオーナーの美術館てことで

咸臨丸 アイフォン

駐車場の後手で少々隠れては居ますが、サンフランシスコの湾を綺麗に後ろに見渡せる一角に、ありました!

感激 感動 感涙!

きっとあの湾を咸臨丸は遠路はるばる荒波をかき分けてやってきたのですね・・・・・!
(何れの写真も、クリックするとより大きく見えます。そのまま適切なサイズにする方法がわからなかった ・゚・(つД`)・゚・ ウェ―ン)

DSC00748.jpg


咸臨丸の石碑の後ろは正に絶景かな!この日は天気が良かったので、綺麗にゴールデンゲートブリッジが見えます!


DSC00732.jpg

所で、咸臨丸がこのサンフランシスコにやって来た理由には、米修好通商条約の条約批准書を交換をする使節団の随行艦だったそうで、実はメインではなくてサブキャラ扱いだったようです。

それでも押しの強い勝海舟先生は我こそは艦長に!と自薦して咸臨丸の艦長になったはいいものの、その時の航路は荒れに荒れまくり、並大抵の航海では無かったようです。そしてそんな荒れた天候の下の航海により、流感に掛かる人が続出して船員二名が亡くなったことは、歴史ファンの方なら既にご存知のエピソードでございましょう。

そして勝海舟自身も流感にかかり、結局は艦長としての役割をろくに果たさずに桑港まで命からがら辿り着いたとか。

航海中の肝心の船の操舵などの重要な部分は、米国海軍きっての軍人であるブルック大尉が行ない、彼がこの船の本当の艦長であったということは周知の事実かもしれませんね。

(ご、ごめんなさい勝海舟ファンの御仁!夢を壊したでしょうか?)

それでもこれだけのサイズの船が、はるばる日本からやって来たということは偉大な功績であり、歴史的な出来事であったことには間違いありません。だかころ、咸臨丸が荒波を超える勇姿は切手にまでなったのでしょう。

ブルック大尉の航海日記
咸臨丸こぼれ話
咸臨丸の歴史

いやぁそれにしても・・・・この航海で勝海舟と1万円札でお馴染みの福沢諭吉の間に後年溝が出来てしまった理由が何となくわかる気もします。すんげぇ危険で大冒険な航海です。

所でこの非常に危険な航海の乗組員の中には、幕府の命令で有無も言えずに乗り込んだ乗組員がいます。この人達は苗字も持たない立場の人達であり、ましてや幕府の命に背くことなども出来なかったことでしょう。

そんな彼らが遠い異国で亡くなりその地に埋葬されることになるとは、なんとも言えない心持ちになります。

今でも "KanrinMaru" とウェブサーチしてみれば、カナリの英字の史実がはじき出されてきます

石碑の正面も見てみました

DSC00741.jpg

当然のことながらかなり立派な作りになっています 裏面はどうでしょうか?


DSC00738.jpg

石碑の裏には当然のことながらこの石碑が建立された理由が書かれていますね。
この石碑は1960年に大阪市によって建てられたとは、知りませんでした!確かに桑港を含めて西海岸には大阪を含めた関西圏の人が多い気はします。

さすが大阪人のバイタリティー!

同じく石碑の隅には ”東京青山 石勝”と入っていますが、おそらくこれはこの石碑を製作した石材店の名前だと推測しています。

DSC00743.jpg

石碑の前方にも、この裏面に表示されているものと同じ文面が石盤に書かれています。


うーん!色々と感慨深いものがあります!

この咸臨丸の石碑が位置するリージョンオブオナーの一角は、写真で見てわかるように駐車場が目の前にあります。
そして美術館をちょっと見あげる地形にあるのですが、やはり背後の景色はすばらしい!

一日中時間をすごせる史跡ではありませんが、 日本人にとっては感慨深い史跡のひとつであることには間違いが無いことでしょう! 次は福沢諭吉氏の史跡にでもいきましょうかねぇ・・・・・!?

というわけで、予定は未定ということで!


押してくれると、また写真撮ってきちゃうよ!

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謹賀新年!今年もよろしくお願い申し上げます!新春でめでたい!というわけで 桑港はサンフランシスコの咸臨丸特集!その一 長っ!

皆様!あけましておめでとうございます!
昨年はこのブログをご愛顧に賜り、またわたしの土方ラブにお付き合い頂きまして誠に有り難うございます!
そして今年もシツコク土方ラブで行こうと思う所存でございますので、どうか見捨てずにお付き合いくださいませ!

いやぁ 良いですね!新年というのは 私のように海外に住んでいる人間にとっても、新春というのは独特の空気が漂っており、なんとも言えない気分に浸れるものです。

そんなわけで今回はおめでたい新春第一弾として、
あの勝海舟先生も乗り込まれた咸臨丸の史跡を尋ねたリポートをやっとこさ上げております

写真サイズの調整とか全然わからなくて、ちょっと見づらいですがサムネイルをクリックすれば大きなサイズで見ることが出来ますので、ご容赦くださいませ!

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