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世代を超えて新選組の人気が衰えない訳 Shinsengumi

新撰組は何時の時代でも人気がある。

この浪人や農家の若者たちの若者の寄せ集まりの新撰組

京都の町を駆け巡っていたのは、今より100年以上も前の話である。

割りと最近と言ってしまえばそれまでだが、

勿論今現在生きている人で、彼らの活躍を実際に目にしたい人はいない。

ギリギリでわたしたちの祖父母の時代なら、彼らの活躍を直接見聞きした人を知っている人がいたかもしれない。

それなのに、彼らはどうしてこうも今でも私たちの心を捕らえて話さないのだろうか。

おそらくそれは、若者達なら誰もが夢見る立身出世の夢に鍵があるのかもしれない。


若者は何時の時代にも夢を見る。


でも、それは同時に大人たちが作り上げた差別や矛盾と、常に戦わなければいけないということにもなる。


新撰組隊士たちが生きた時代は丁度幕末という激動の時代であり、

封建主義と民主主義が入れ替わる時代の魁だった。

それでも、武士の生まれでない農家出身の若者が武士に成り上がろうとするのは、

封建社会が主流の江戸の終わりには、荒唐無稽以外の何物でもない試みだったに違いない。

きっと多くの大人達は、何を言っているんだ、この青臭いガキどもは?

そう思った人が殆どに違いない。


しかし彼らはそれらを覆すかのように、最期は立派な武士に取り立てられた。


そして現代の若者を含めた多くの人達も、常に世の中の矛盾や差別にさらされながら、自分の将来を模索している。


女のくせに、お前の家は貧乏だ。男のくせにどうしてこんなことも出来ない。

現代は封建社会の制度が消え、民主主義の世の中なはずなのに、
未だに世間にはありとあらゆる差別や矛盾がはびこっている。

時として私たちは自分の出自に関わらず、本当成りたい物のために戦わなければいけない。

たとえ周りの皆が、お前は女なんだから無理だ、男だから無理だと、生まれでハナからダメだとたとえ言われたとしても。

たとえ新撰組の土方が、お前は農民の出身なんだから武士になるなんて無理だ、そう言われたとしても。

彼は最期まで武士でいることを選んだ。その命をかけて。

確かに裏切りや粛清など、彼らの内情はお世辞にも綺麗とは言えなかった。

しかし、新撰組の多くのものが、最期まで武士でいることを望んでいたのだ。

そして最期まで近藤も土方も、彼らの主君である将軍に忠誠を尽くし、最期まで戦うこと選んだ。

それがたとえナイーブで時代遅れだったとしても

そう、武士として一所懸命に戦うことを望んだのだ。

例え我が身が刃の露と消えようとも。

一度成りたいと決めたら、自分の出自なんて気にせずに死ぬ気で最期までやれ

彼らは150年の時を超えて、私たちにそんなメッセージを送ってくれている気がする。




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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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